yutaka_logo.jpg (4657 バイト)   最近手がけた作品を御紹介
きくや菓子舗   line_01.gif (263 バイト)
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◆あるある阿波土産  「生姜ういろ」

封を開けるとショウガの香りがふわっと広がる。ショウガとメリケン粉、砂糖、つぶあんのみで作られ、た素朴な菓子だ。なじみ客に「やっぱりこの味でないと」と言わしめるあんは、豆の炊き上げからすべて自家製。このういろは、昭和24年の創業まもなく、先代の手によって作られた。はじめは家庭用として作ったそうだが、店に置いたところ、たちまち人気がでた。「裏通りで少し目立たない場所に出店しているにもかかわらず、遠くから訪ねてくれるのがうれしい」とご主人。「派手な味ではないけれど」食べる人を選ばない親しみやすさがいい。買ったその日のうちに食べるのがベスト。しかし時間がたって固くなっても、電子レンジで温めたり食パンのように焼いたりすると、また違ったショウガの風味が。「これはお客さんに教わったんですよ」。数に限りがあるため、できれば電話予約を。一個80円。

◆営業時間  8時半〜19時半
◆定休日  毎週月曜日(月曜が祝日の場合はその翌日)
◆電話  0883(24)2428

                                                               (徳島新聞 平成12年4月13日(土)付け夕刊)

K邸   line_01.gif (263 バイト)
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M邸 line_01.gif (263 バイト)
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※以下は、オーナーのM様が○○新聞で紹介されたときの記事をまとめたものです。

◆わたしの定年後

「都会にいたなら、今のような充実した暮らしは望めなかっただろうし、地方に帰ったことでかえって、国際化や高度情報化について考えたり、行動したりする機会にも恵まれたんだと思います」と満足そうにほほえむ。

1993(平成5)年、大阪市の化学メーカーを退職したのち、郷里の麻植郡鴨島町に一戸建てを新築。国際交流にかかわるようになったのは、引越しの際に町役場の紹介で町の国際交流協会に入ってから。県内在住外国人向けの日本語講座を任され、現在は町内の縫製工場に働く中国人に教えている。さらに、講義の傍ら、「そう多くない生活費で一生懸命勉強している彼女たちの生活に、少しでも彩りを添えてあげられたら」「みんなの喜ぶ顔が励みになるんです」と話すM様は、ハイキングなどのレクリエーションの企画も自ら行っている。そんなM様を親のように慕って、帰国した受講生からも電子メールや手紙が絶えないほど。
郷里に帰った理由は、サラリーマン時代の厳しい職務から離れた後は、百八十度生活を変えて、静かな土地でほのぼのとした暮らしを楽しみたかったからとのこと。奥様もそれには大賛成だったとのお話。
M様は、第二の人生を始めるにあたり、「高齢化、国際化、高度情報化へのしっかりとした対応」を目標にかかげたという。「老いても、なるべく他人に迷惑をかけず、自助自足の暮らしを目指したい」という思いから、家庭菜園を設けたり、日本語教室を通じた国際交流、パソコン通信を使っての情報交換によって高度情報化も身をもって体験している。
このような定年後の暮らしを手記にして応募したものが出版社の目に留まり、平成12年春に「私の定年後」(岩波書店)で他の39人とともに紹介されることに。
「田舎でのんびり暮らすつもりが思わぬ展開になってしまって。地元の人も気付いてないような魅力的な暮らしが田舎にはまだまだありそうですね」。
                                                       (徳島新聞 平成12年4月22日(土)付け夕刊の要約)


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